9月に入り、街を歩けばショーウィンドウはすっかり秋の色。金曜の午後、デスクの窓から見える空も、どこか高く澄んで見えます。世間が秋へとシフトしていくこの時期に、僕たちはまるで共犯者のように、最後の夏を盗みに出かけました。
行き先は、地図にも載っていないような南の島の、小さな入り江。
そう、これは誰にも内緒の、二人だけの逃避行。
この記事は、僕がこの夏に閉じ込めた、甘く、そして少しだけ官能的な記憶の物語です。
誰もいないビーチ、二人だけの楽園
飛行機を乗り継ぎ、たどり着いたのは、まさに楽園でした。
サンゴ礁が作り出した真っ白な砂浜と、どこまでも透明なエメラルドグリーンの海。水平線の彼方まで、僕たちの視界を遮るものは何もありません。
都会の喧騒も、鳴りやまない仕事の電話も、ここには届かない。
聞こえるのは、寄せては返す優しい波の音と、君の楽しそうな笑い声だけ。
「早くおいでよ!」
先に海に飛び込んでいた君は、子供のようにはしゃぎながら僕を手招きします。その鮮やかな青い水着は、まるでこの海の色をそのまま切り取ってきたかのようでした。
太陽に濡れた君は、誰よりも輝いていた
ひとしきり波と戯れたあと、僕たちは砂浜に座り込みました。
太陽にキスされた君の肌が、キラキラと光っています。海水で濡れた髪を無造作に二つに結んだ姿は、普段の大人びた君とは違う、無防備な魅力を放っていました。
「ねぇ、」
君は不意に、僕の目の前に膝立ちになると、濡れた指先で僕の腕にそっと触れました。
「捕まえたっ」
悪戯っぽく笑う君の笑顔。
少し開いた唇からこぼれる白い歯。上目遣いで僕を見つめる、潤んだ瞳。
水滴がゆっくりと首筋を伝い、華奢な鎖骨を通って、青い水着の谷間へと消えていく。
その瞬間、僕の世界から波の音が消えました。
心臓の音だけが、やけに大きく響いています。
君が伸ばした手のひらの熱が、僕の肌にじわりと伝わってくる。それは太陽の熱なのか、それとも君自身の熱なのか。確かめる術もなく、僕はただ、目の前の君から目が離せなくなっていました。
言葉はいらない。
このまま時が止まってしまえばいい。
世界に、僕と君しかいないような、そんな甘い錯覚に酔いしれていました。
夏の終わりの約束
夕暮れが近づき、空がオレンジと紫のグラデーションに染まる頃、僕たちは帰り支度を始めなければなりませんでした。
夢のような時間は、いつか終わりを告げます。
でも、この肌に残る君の熱と、目に焼き付いて離れない君の笑顔は、決して夢なんかじゃなかった。
「また、来ようね。二人だけで」
そう言って微笑む君に、僕はただ黙って頷くことしかできませんでした。
日常に戻れば、僕たちはまたいつもの僕たちになるでしょう。でも、この夏の記憶は、これから訪れる季節を乗り越えるための、二人だけの秘密の燃料になるはずです。
僕の腕に残る、君の指先の感触。
それが、僕たちの夏の終わりの、確かな約束だから。